本書は人体の動きによる体表から観察できる、筋肉や骨の容態に焦点を当てたデッサンポーズ集です。
骨格や筋肉についての解説書は欧米の翻訳版を中心に良書も多く、医学、美術解剖学、人物の描き方など読者層やレベルに応じて様々存在します。
しかし、いざ人体を表現しようとすると姿勢や視点の変化で筋肉や外表に突出した骨格の容態がなかなか解りません。それらが少しでも変化すると見える筋や体表に現れるレリーフも変わってしまうからです。
それゆえ基本的な姿勢だけで骨格や筋肉を理解したつもりになっても、人の動きはまことに変化に富み、すべての姿勢・視点で図示することも難しく、なかなか描けるものではありません。
そこで人の基本的な動き(関節の運動)を分類整理し、誌面で掲載可能な点数に絞り、生きた筋肉の動きを表すことにいたしました。このような類書は非常に少ないため、作る価値があるものと考えたのです。
類書が無いということは作り手からするとなかなか困難なものです。試行錯誤の末、以下の基本方針を決めて本書をまとめるに至りました。
1)大半の図は鉛筆によるデッサンで表現
医学専門書の場合はコンピュータを使ったAdobe Illustratorなどの線画で表現することが多いのですが、この方法だと教科書的な印象になり、動きや形の勢いなど様々な要素が表し難く、筋肉の動きについては鉛筆による表現としました。
2)動きのデッサンは成人男性のみとする
筋肉について語った多くの書籍が男性を中心に描かれています。これは骨格筋の構造自体に男女差は無く、より筋肉が発達した男性について解説すればよいとの判断です。但し、男女の外見上の印象は大きく異なるので併記できれば理想的です。
注)骨盤内の生殖器部位の筋や靭帯は男女で多少違って見えます。これも発生学的には同じで、その違いも内蔵筋の一部に限られ、美術解剖学上は無視できる範囲と思われます。
3)体型は特にマッチョではなく、一般的なスポーツ選手を想定
ボディビルダーやプロレスラー、ハンマー投げの選手など見るからにマッチョな筋肉の持ち主は人口比としてまれです。多くの一般的な体型に対応できるように自然な形で発達した筋肉を想定しました。いわゆる細マッチョでしょうか。
また、ボディビルダーなどの骨格筋は特殊な鍛え方をしているので、一般の筋肉のつき方との違う印象もあります。
4)外表から確認可能な浅層筋を主体に図示
本書は外表を表現するための資料が主眼なので浅層筋を主体に図示しました。構造的には深層筋や深部の骨格も重要な要素ですが、紙面の都合もあり、基本構造の解説は他書にも多くあるので割愛しています。
しかし、筋肉が骨格の(主に)どこに付着しているのか(起始・停止)は理解を助けるためには非常に重要で、別途解りやすい本を企画したいと考えています。
5)インナーマッスルはポイントのみ解説
基本的に内蔵筋、深層筋、浅層筋によって隠れている部分などは図示や解説を省いています。しかし理解してほしい極めて重要な部分は適所解説しています。
6)骨は外表から容易に確認できる位置のみを図示
「骨と筋肉がわかる・・・」と銘打っていながら骨の図示や解説が少ないとのご批判があると思います。これも4)の方針により結果的に体表に近い骨の図示に留まっています。
動きと骨格との関係も構造を理解する上で重要です。この点も本書で実現できなかったので別途情報提供を考えています。
7)描きたい部位をすぐに参照できるように整理してインデックスを付ける
実は企画の段階で一番苦労した点が各動きの整理でした。医学では関節の動きを解剖学的、臨床的に記述されたものがあります。しかしこれらは医学的な目的で作られたもので絵画表現を目的とした場合十分ではありません。そこで医学的記述を参考にしつつ新たに整理を試みました。まだ完全なものではありませんが暫定的に本書で分類をおこなっています。
8)広い範囲の読者に役立つように出来るだけ正確な記述を試みる
美大生、マンガ家およびその勉強中の方、整体の学生、医大生など幅広い読者を想定しています。いわゆる「マンガの描き方」に特化した資料本ではありません。
人体表現をおこなう具象絵画、彫刻、イラストを制作される方にも役立てて頂きたいと思っています。また、絵を描く側だけでなく、人体の勉強を本格的におこなっている他分野の学生でも利用できるものを目指しています。
9)平易な記述
広い範囲の読者を対象としているので、医学用語や学術書の読解に不慣れな方も多いと思われます。短いセンテンスで平易な表現にこころがけ、用語には全てルビをふるようにいたしました。